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甲斐犬赤虎きららちゃん

4月15日の夕方、きららちゃんが亡くなりました。
山梨県塩山出身、甲斐犬赤虎毛、13歳でした。
このブログにもきららちゃんの記事は何度も書いたことがあり、犬の練習帳にも描かせていただき、何度も会い、さわらせてもらった犬でした。近年、こんなに交流のあったわんこは、私の身近にはいません。
自分で撮った写真は過去ブログに掲載してますので、今日は飼い主さんにいただいた写真を掲載させていただきます。

子供の頃のきららちゃん。
飼い主さんは、甲斐犬の女の子が非常に貴重なことを知らずに、気軽に「女の子が生まれたら欲しい」と塩山の親元さんにお願いしてあったそうです。そして生まれたのが兄妹の中でも唯一の赤虎で女の子のきららちゃんでした。女の子と言うだけでも貴重なので、赤虎毛となるとますます珍しかったのです。
雲母という鉱石がありますね。由来はそこからだったそうです。


家には上がらないように、としつけられていた頃のきららちゃん。
「右足が外についていればセーフ」というきららちゃんなりの判断で、約束を守っています。
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小瀬日記の表紙に使わせていただいているこのお写真。
一人っ子のふう君を出産。同じ窓辺から、今度はきららちゃんが「出てはいけない」としつけている頃の写真です。ふうくんが少し大きくなるまで、きららちゃんは家の外に降りるのを許可しなかったそうです。もう大丈夫、と許可を出すのは、お母さんの勘なのです。
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東京に住んでいるきららちゃんですが、たびたび故郷へ遊びに来ました。塩山にて。
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富士五湖地域にて。
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雨の中、山を走りました。
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ふう君をなめてあげるきららちゃん。
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ふう君が自分よりずっと大きくなっても
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きららちゃんにとっては息子なのでした。
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きららちゃんは、「こんな犬がいるんだ」と思わせてくれる犬でした。
ハチ公のような忠犬や、お話の中ではたくさんの賢い犬の話を聞きます。でも、実際にはめったに見られないでしょう。きららちゃんは、その一匹でした。
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山道でぐんぐん先へ進んでいても、飼い主さんが遅れると、立ち止まって振り返り、待っていました。
日本犬をこれまでも何頭か飼ってきたという飼い主さんも、「きららは特別な犬」といつもおっしゃっていました。なんというか、犬じゃないような子でした。人間のような不思議な甲斐犬さんでした。
それでいてどんな犬よりも犬らしい、日本犬らしい、甲斐犬らしい、と感じる子でした。

ふう君とお母さんとお父さんに見守られて、お家で静かに旅立ったそうです。
すばらしい赤虎のお友達が旅立ったことが、とても寂しいです。
いつまでも、名犬として、私の記憶に残ります。

最後に、飼い主さんの作品を。
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サクラ風景

今年は桜の開花と晴天が重なりました。とても珍しいことです。桜が咲くと富士が見えず、富士が見えると桜が散っているかまだ早い、というのが常ですが、今年は写真家にとって取り放題の年でした。
週末、満開になりました。先週の日曜はものすごい風でしたが、まだ咲き始めたところだったので落ちませんでした。
こちらは、いつもの塔のところ。写真家はたくさんいました。去年はこう
今年は去年より2週間早いです。


塔の神社の鳥居。外国人がたくさん来ていました。
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写真家にも外国人にも満足いただけたでしょう。
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こちらは、湖周辺です。
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芝桜もあり
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こちらも写真家がたくさんいました。みなさん、いいのが撮れたことでしょう。
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満開ですねえ。
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ところで、最近ニュースでも話題ですが、冬から河口湖は水が少ないのです。ここもいつもは水の中で降りられませんが、草原です。
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2月、まだ凍っていた頃から陸続きになってしまった湖の中の神殿。六角堂。ニュースにもなりました。
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報道したせいか、観光スポットに。たくさん歩いています。噴火が近いとか、湖の底に地割れができたんじゃないかとかささやかれています。どうなのでしょう。
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大きい貝がいました。
昔、父に聞いた話で、河口湖には大きな貝がいて、豊富村から2山も超えて取りに来て売っていた人がいたとか。貝は俗名でしょうが、「おちょっけ」と呼ばれていて、しじみの大きいのみたいだったと。タイヤのチューブをうきわにして足ではさんで取るのだとか。
生きているのは見当たりませんでした。まだ、水の中にはいるんだろうか。見たいものです。
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しかし、豊富からと言ったら精進湖線でしょうけど、まだ道もなかったころ、どうやって来たのでしょう。遠足で山を歩いて富士五湖へ来たと聞いていますので、そのくらいは歩く範囲に入っていたということです。昔の人は良く歩きました。すごい。
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